グロース市場の上場維持基準の見直し等について

1.はじめに

 東京証券取引所が2025年4月にグロース市場の上場基準の見直し案を公表し、同年9月には制度要綱として正式に発表しました。これは、2022年4月に市場区分を「プライム」「スタンダード」「グロース」の3区分へ再編したことに続く改革です。グロース市場は新興・成長志向の企業を中心に構成される市場として位置づけられる一方で、上場後に十分な成長が見られない企業が滞留する、あるいは投資家から見て魅力が薄い企業が混在するという指摘もあり、こうした状況が今回の上場基準の厳格化につながったといえます。

 これは、グロース市場をこれから目指す企業にとっても、すでに上場している企業にとっても、大変重要な論点です。本稿では、見直しの背景や制度要綱の内容について解説します。

2.グロース市場の位置づけ

 まず、東京証券取引所におけるグロース市場の位置づけを改めて確認しておきます。東京証券取引所ではグロース市場を、「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向けの市場」と位置づけています。

 あくまで定性的な情報になりますが、投資家から見た位置づけとしては、以下のようにいわれることが多いといえます。

項目 グロース市場の傾向
投資リスク
投資リターン
投資対象
情報開示
投資家層
高い(赤い字企業多く、業績変動が大きい)
潜在的に大きい(上場後急成長企業が存在)
ベンチャー企業、テック・バイオ・AI関連などの企業が人気
開示範囲や内容は限定的だが、成長ストーリー重視のIR
ベンチャーキャピタル(VC)、個人投資家(成長株思考)、機関投資家の比率が高い

3.現状の課題と見直しの背景

 グロース市場は、前述のとおり成長性の高い企業の集積による市場の活性化が期待されてきましたが、いくつかの課題が指摘されています。

 まず、最大の課題は収益化の遅れと事業モデルの脆弱性です。グロース市場では「赤字上場」が認められている一方、明確な収益モデルや成長ストーリーを描けないまま上場するケースが増えています。その結果、上場して数年のうちに継続企業の前提(ゴーイング・コンサーン)に疑義が生じるケースも見受けられます。

 また、上場が目的化し、その後の企業価値向上に注力していない企業が多く存在することも大きな問題です。上場後の成長戦略やIR体制の整備が不十分なケースが目立ち、上場後3年未満の企業では時価総額が上場時を下回るケースが半数を超えています。

グロース市場に上場した企業の時価総額成長率

出典:東京証券取引所 上場部「グロース市場における今後の対応

4.グロース市場上場基準の見直し内容

 このような背景から、グロース市場の魅力向上を目的として見直しが行われました。今回大きな変更点は上場維持基準で、現行の「10年経過後に40億円以上」から、「5年経過後に100億円以上」へと厳格化されます。

 ただし、すぐ適用されるのではなく、2030年3月1日以降に開始する事業年度の末日からとなります。たとえば3月決算の企業であれば、2030年3月末が最初の判断基準日となります。基準日に時価総額基準に適合してない場合、当該事業年度の末日から3か月以内に適合計画を開示し、その後1年間の改善期間が付与されます。改善期間終了時点でも適合しない場合、監理・整理銘柄に指定後、上場廃止となります。ただし、適合計画において、2031年3⽉1⽇以後最初に到来する事業年度の末⽇を超える計画期間を設定した会社については、当該計画期間の末⽇まで上場廃止が猶予されるという例外規定があります。一方で、改善期間の事業年度末日において⾒直し前の基準(上場10年経過後40億円)に適合しない場合は、この猶予は適用されず上場廃止となる点に留意が必要です。

5.グロース市場からスタンダード市場への区分変更は?

 今回の見直しを受け、グロース市場からスタンダード市場へ市場区分を変更する会社も一定数生じると予想されます。

 スタンダード市場の新規上場基準、及び上場維持基準は以下のとおりです。通常、スタンダード市場に上場する際は収益基盤も求められますが、市場区分変更の場合は要件を満たすために投資を控えて利益を捻出するといった行動を招かないよう、市場区分変更に際して直近1年の利益額は問われないこととなりました。

スタンダード市場の上場基準

項目 新規上場 上場維持基準
株主数 400人以上 400人以上
流通株式数 2,000単位以上 2,000単位以上
流通株式時価総額 10億円以上 10億円以上
売買高 月平均10単位以上
流通株式比率 25%以上 25%以上
収益基盤 最近1年間の利益が1億円以上 最近1年間の利益が1億円以上
財政状態 純資産が正である

6.おわりに

 東京証券取引所が公表したグロース市場の上場基準の見直しについて解説しました。今回の見直しは多くの企業にとっては厳しい内容となっています。単なる生産性向上や既存の収益基盤の拡大だけでは、今後の基準を満たすことが難しいケースも少なくありません。

 そのため、前項で述べたとおり、スタンダード市場への区分変更を検討する企業も増えています。また、M&Aによって事業規模を拡大し、短期間で維持基準を満たすことを狙う動きも見られます。

 新規上場を目指す企業は、上場後を見据えた中期経営計画や資本政策を、これまで以上に現実的かつ実行可能な内容で設計することが不可欠となります。上場自体を成長戦略の一環として位置づける視点が求められ、場合によっては、制度設計がより柔軟なプロマーケット(TOKYO PRO Market)への上場を選択肢に含めることも考えられます。

 いずれにしても、2030年の適用開始に向けて、各社は自社の成長ストーリーを見直し、持続的な企業価値向上に向けた戦略的対応を加速することが求められます。今回の見直しは、単なるルール変更にとどまらず、日本の成長企業に対する市場の期待水準そのものが変わりつつあることを示す、重要な転換点といえるでしょう。

【出典】
・東京証券取引所 上場部「グロース市場における今後の対応
・日本取引所グループ「市場構造の見直し
著者近影
執筆者
RSM汐留パートナーズ税理士法人
パートナー 税理士
長谷川 祐哉

埼玉大学経済学部卒業。2015年税理士登録。
上場企業やIPO準備会社に対して、連結納税支援、原価計算・管理会計導入支援、会計ソフト導入支援などの高度なコンサルティングサービスを提供している。国税三法と呼ばれる所得税、法人税、相続税の3つの税務に精通。

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