カスハラ対策義務化までに企業が整備すべき体制とは

カスハラ対策義務化までに企業が整備すべき体制とは

1.はじめに

 顧客や取引先等からの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメントへの対応は、企業の人事労務管理において重要性を増しています。これまでも厚生労働省は、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等について、相談体制の整備や被害者への配慮などの取組を企業に求めてきました。

 また、2025年6月11日に公布された労働施策総合推進法等の改正により、カスタマーハラスメント対策は、事業主が講ずべき雇用管理上の措置として義務化されることとなりました。施行日は2026年10月1日とされています。

 本稿では、厚生労働省が公表している資料を踏まえ、カスタマーハラスメント対策義務化の背景や概要、企業が整備すべき実務対応について整理します。

2.義務化の背景

 カスタマーハラスメントは、小売業、飲食業、医療・介護、運輸、金融、コールセンターなど、顧客等との接点が多い職場を中心に問題となってきました。顧客からの苦情や要望の中には、商品・サービスの改善につながる正当な申入れもあります。一方で、暴言、威圧的言動、長時間の拘束、過大な要求、土下座の強要、SNSでの誹謗中傷など、社会通念上許容される範囲を超える言動もあります。

 厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスタマーハラスメントは、顧客等からのクレームすべてを指すものではなく、不当・悪質なクレームから従業員を守る対応が必要であると整理されています。つまり、正当な苦情対応と、従業員の就業環境を害する不当な言動への対応を区別することが重要です。

 企業がカスタマーハラスメントを放置した場合、従業員のメンタル不調、休職、離職、生産性の低下などにつながるおそれがあります。また、企業が従業員からの相談を受けていたにもかかわらず適切に対応しなかった場合、安全配慮義務や職場環境配慮義務の観点から問題となる可能性もあります。

 そのため、カスタマーハラスメント対策は、単なるクレーム対応ではなく、従業員が安心して働ける職場環境を確保するための労務管理上の取組として位置付ける必要があります。

3.義務化の概要

 厚生労働省資料では、職場におけるカスタマーハラスメントについて、①顧客等の言動であること、②労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること、③労働者の就業環境が害されること、の3つの要素をすべて満たすものと整理されています。電話やSNS等のインターネット上で行われるものも対象に含まれます。

 ここでいう「顧客等」には、商品やサービスを利用する顧客だけでなく、取引先、施設利用者、問い合わせを行う者、今後取引や利用をする可能性のある者なども含まれます。そのため、店舗型ビジネスに限らず、BtoB企業、医療・介護施設、学校、公共的サービス、オンラインサービスなど、幅広い業種で対応が必要となります。

 もっとも、顧客等からの苦情や要望のすべてがカスタマーハラスメントに該当するわけではありません。客観的に見て社会通念上許容される範囲で行われた申入れは、正当な苦情・要望として対応すべきものです。また、障害者から不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を求めること自体は、カスタマーハラスメントには当たらないとされています。

 事業主に求められる措置としては、カスタマーハラスメントには毅然と対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化すること、相談窓口を整備すること、相談があった場合に事実関係を迅速かつ正確に確認すること、被害を受けた労働者へ配慮すること、再発防止策を講じることなどが挙げられます。

 また、相談者のプライバシーを保護すること、相談したこと等を理由として不利益な取扱いをしないことも重要です。従業員が安心して相談できる体制を整えなければ、制度を設けても実効性は確保することはできません。

4.実務への影響と対応のポイント

 企業がまず取り組むべきことは、基本方針の明確化です。会社として、顧客等からの正当な意見・要望には誠実に対応する一方、暴言、脅迫、長時間の拘束、不当な要求など、社会通念上相当な範囲を超える言動に対しては、従業員を守るために組織として対応する姿勢を明確にする必要があります。この方針は、社内規程やハラスメント防止規程、顧客対応マニュアル等に反映し、従業員へ周知することが望まれます。

 次に、相談窓口の整備が必要です。すでにパワハラ、セクハラ、マタハラ等の相談窓口を設けている企業では、カスタマーハラスメントも同じ窓口で受け付ける設計が考えられます。ただし、カスタマーハラスメントは相手方が社外者であるため、現場責任者、営業部門、法務部門、本部、必要に応じて警察や弁護士との連携が必要となる点に注意が必要です。

 また、現場対応ルールの具体化も不可欠です。現場の従業員が一人で長時間対応を続けたり、判断に迷ったまま抱え込んだりすることがないよう、どの段階で上長へ報告するのか、対応者を交代するのか、対応を打ち切るのか、警察等に相談するのかを、あらかじめ定めておくべきです。たとえば、暴行、脅迫、不退去、器物損壊など犯罪に該当し得る行為がある場合は、直ちに上長や本部へ報告し、必要に応じて警察へ通報するルールを整備しておくことが必要です。

 さらに、記録化の仕組みも重要です。カスタマーハラスメントに該当するかどうかは、言動の内容、手段、頻度、継続性、要求内容、業務への影響、労働者の心身の状況などを総合的に判断する必要があります。そのため、発生日時、場所、相手方、対応者、言動内容、要求内容、対応経過、会社の判断、従業員への配慮措置などを記録する様式を整備しておくことが有効です。

 加えて、従業員教育と管理職教育も欠かせません。現場従業員には、正当なクレームとカスタマーハラスメントの違い、初期対応、報告基準、記録方法、危険時の退避方法などを教育する必要があります。管理職には、相談を受けた際の初動対応、事実確認の進め方、被害者への配慮、対応継続・打切りの判断、再発防止策などについて教育する必要があります。

 管理職が「お客様だから仕方がない」「現場で何とかしてほしい」といった対応をしてしまうと、従業員は相談しづらくなります。カスタマーハラスメント対策を実効性あるものにするには、会社が従業員を守る姿勢を明確にし、現場管理職がその方針に沿って行動できるようにすることが重要です。

 なお、BtoB企業では、自社が被害を受ける側だけでなく、自社の従業員が取引先や協力会社の従業員に対して不適切な言動を行うリスクにも注意が必要です。発注者側、元請側、取引上優位な立場にある担当者が、取引先担当者に対して威圧的な言動や過大な要求を行えば、相手方の労働者に対するカスタマーハラスメントとなり得ます。自社従業員による他社労働者への不適切言動を防止する観点からも、服務規律や教育研修に反映することが望まれます。

 施行日までの準備としては、まず過去の顧客トラブルやクレーム対応の実態を確認し、自社のリスクを把握することが出発点となります。そのうえで、基本方針の策定、相談窓口の整備、現場対応フローの作成、記録様式の整備、規程改定、従業員研修、管理職研修、必要に応じた社外向け方針の公表を段階的に進めることが適切です。

5.おわりに

 カスタマーハラスメント対策の義務化は、企業に対し、単なるクレーム対応の見直しではなく、従業員を守るための組織的な体制整備を求めるものです。2026年10月1日の施行までには一定の準備期間がありますが、実務上は、規程整備、相談窓口の見直し、現場対応フローの策定、管理職教育、記録様式の整備など、対応すべき事項は少なくありません。

 重要なのは、顧客等からの正当な苦情や要望には誠実に対応しつつ、社会通念上許容される範囲を超えた言動については、会社として毅然と対応するという姿勢を明確にすることです。すべてのクレームをハラスメントとして扱うのではなく、正当な申入れと不当・悪質な言動を区別する運用が求められます。

 カスタマーハラスメントへの対応は、顧客対応の質を下げるものではありません。むしろ、従業員が安心して働ける環境を整えることで、健全な顧客対応を継続するための基盤となります。企業としては、今回の義務化を契機に、自社の顧客対応、相談体制、従業員保護の仕組みを総点検し、実効性のあるカスタマーハラスメント対策を整備していくことが求められます。

著者近影
執筆者
RSM汐留パートナーズ社会保険労務士法人
パートナー
残間 一文

事業会社等での人事・労務領域の業務を経て、独立開業。労務管理に関する各種相談をはじめ、労務監査、就業規則の作成、人事労務に関するコンサルティング等の幅広い業務に従事。2025年1月、RSM汐留パートナーズ社会保険労務士法人との経営統合に伴い、RSM汐留パートナーズ社会保険労務士法人のパートナーに就任。特定社会保険労務士・行政書士。

メールマガジン購読のお申込みはコチラから
プライバシーマーク