宮城県ケアマネ協会理事事務局長
小湊 純一氏
第28回 これからの福祉を考える研究会
『いままでもこれからも当事者主体の支援』
~利用者権利と支援者(事業者)の義務~
「施設・通所運営基準抜粋(記録、介護等)」から基本方針、サービスの提供の記録、施設サービス計画の作成、居宅サービス計画、計画担当介護支援専門員の責務、記録の整備について、より具体的に丁寧に解説いただきました。
1.自立の支援
2.当事者の権利と支援の基本
3.良い実践の原理
私は1983年から1999年まで施設で働いていました。その当時の施設ケアの基本も「当事者主体」で、行動の基準としていたのが「当事者の権利と支援の基本」「良い実践の原理」でした。今日は、そのころの話も振り返りながら、皆さんと一緒に「当事者主体」を考えていきたいと思います。
良い実践の原理
良い実践の原理
- 長期ケアを受けつつ生活している人であっても,人間としての尊厳が失われるべきではない。
- 入居者は,彼らを支援する人びとからも尊敬を受けるべきである。
- 入居者は,市民としての権利をもって生活するべきである。
- 入居者は,身体的・精神的に許されるかぎり,市民としての権利が完全に保証された生活を営むべきである。
講演資料:『いままでもこれからも当事者主体の支援』~利用者権利と支援者(事業者)の義務~より
出典:1996年 高齢者施設ケアの実践綱領
良いケアの実践からは権利侵害や虐待は起こりません。高齢者施設ケアの実践の原理として第1に基礎に置くべきは「長期の介護・ケアを受けつつ生活している人であっても、人としての尊厳が失われるべきではない」ということです。人は誰でも、障害があろうがなかろうと、家で暮らしていようと施設にいようと、あたりまえに人として尊重される権利があります。
第2に「入居者は、彼らを支援する人びとからも尊敬を受けるべきである」ということです。サービスを利用する人は尊重され、敬われる権利がある。できないことがあるから、子ども扱いされてもいいわけではありません。
第3に「入居者は、市民としての権利を持って生活するべきである」ということです。施設にいても1人の世帯主として、もしくは世帯として尊重される権利があるわけですが、施設に入ると一市民としての権利が奪われてしまうことがあります。たとえば、市町村の広報誌が一人ひとりに配布できる部数がきているかどうか。昔、定員94人の施設に勤務していたとき、施設全体で10部程度の広報誌しか届きませんでした。そのときは市と交渉し、1人に1部ずつ配れるようにしましたが、自治体であっても施設をひとかたまりのものとして見てしまう傾向があります。
第4に「入居者は、精神的・身体的に許される限り、市民としての権利は完全に保証された生活を営むべきである」ということです。たとえば、近隣を散歩したいと思っても、ひとりでは場所がわからなくなって外出できない。外出するためには人の手を借りる必要がある。それでも施設は利用者が、あたりまえの生活が送れるように努めなければなりません。
自己決定と個性的な生活を営む権利
年齢がどうであれ、精神的・身体的にしっかりしていようがいまいが、そして、障害があろうがなかろうが、入居者は自己決定と個性的な生活を営む権利をもっています。すべてのことはできないが、何とかして、それに近づける努力をしなければいけない。
昔、グループホームの外部評価制度が採用された際、調査に行った人たちが玄関先に観葉植物が飾ってあるのを見て、「この施設は家庭的な雰囲気がある」と評価したという笑い話のような話があります。
昭和の時代の施設や病院では午後4時半には夕食が出て、5時になるとスタッフは帰宅した。介護保険が始まったばかりのころ、在宅向けの訪問介護サービスでホームヘルパーは正午になると全員事業所に集まり、いっせいに休憩を取っていたこともありました。いずれも利用者の視点がありません。
能力を最大限発揮できるようにケアの目的を定める
さらに、すべての長期ケアの場面では、たとえ入居者に認知症のような進行性の病気があったとしても、身体的・知的・精神的・情緒的・社会的側面の能力を最大限発揮できるようにケアの目的を定めるべきです。介護計画・支援計画は、その人の能力が最大限発揮できるものでなければいけません。
数十年前、すべてしてあげるのがいい介護とされていました。ご飯を食べるのが難しかったら、食べさせてあげる。トイレに行くのが難しかったら、おむつで対応する。「寝たきりはつくられる」と批判されました。いまは残存能力を活かすことを考えねばなりません。一人ひとりの精神的・身体的な能力の評価をしたうえで、できるところを探していかなければいけない。
もちろん、能力は時間の経過とともに変化します。変化に対応することも重要で、そのためには記録を残す必要があります。いまはスマホやパソコンのアプリなどで記録を残すことができる。昨日のことがわかっているからこそ、今日は何か様子がおかしいと気づく。昨日と今日の記録を比較することで、違いが浮かび上がります。
利用者に聞くときのルール
「入居者とその幸せが、あらゆるケアの場面で関心の焦点となるべきである」は入居者の意向を最大限に尊重することです。その人が幸せだと思うのはどういう場面なのか、何によって満足を得られるのか、常日頃から本人に聞いていなくてはいけません。聞くときにもルールがあり、「何かしたいですか」だけではなく、「こういうこともできるのでは」という提案もお願いしたいと思います。
当事者の権利と支援の基本
当事者の権利と支援の基本:名前は利用者が希望する呼び方で
私が勤めていた特養は1972年の開設です。施設が古いということは働いている人も古いので、スタッフ主体から利用者主体に変えるのは大変な作業でした。せっかく入所していただいたのだから、「ここに来て良かった」と思ってもらえるようにしてはどうだろうかと説得するところから始まりました。そのときに理論的なベースとなったのが『施設ケアの実践綱領』でした。もともとはイギリスでつくられ、それが日本語に翻訳されたのが1985年でした。
もっとも印象に残っているのは5番の「当事者の名前の呼び方は、当事者一人ひとりの希望を尊重することが大切です」。当事者は姓名、姓のみ、名のみ、愛称を自分の望むように呼ばれる権利があります。私は当時、○○さんとしか呼んでいなかった。名前は、その人の大切な所有物だということを、その時初めて認識しました。
プライバシーと尊厳性の尊重
入居者のプライバシーと尊厳性の尊重は,非常に重要なことである。すなわち,入居者は個室をもち,衣服・食べ物・就寝時間・起床時間,そして1日の過ごし方を,自分で選ぶ機会をもつべきである。身辺ケアのためにスタッフの手を借りなければならないからといって,入居者の尊厳性が傷つけられたり,プライバシーが侵害されたりすべき・ではない。入居者は,一人前の者として処遇されるべきであって,子ども扱いされるべきではない。スタッフはどのような場合であっても,入居者に対して恩着せがましい態度を見せるべきでない。また,入居者は,スタッフや他の入居者や施設への訪問者に対して,どのような呼び方をして欲しいかを,自分で決定するべきである。
講演資料:『いままでもこれからも当事者主体の支援』~利用者権利と支援者(事業者)の義務~より
出典:1996年 高齢者施設ケアの実践綱領
当事者の権利と支援の基本:できる限りの対応を
2番の「できるだけ一致した形で生活を営む権利があります」も重要です。「できるだけ」がポイントです。すべてがうまくいくわけではないが、できる限りの対応をしていきたい。利用者は、してもらう権利があります。
最近、合理的配慮という言葉が障害者の権利条約の中で出され、クローズアップされています。合理的な配慮とは、その人に問題があるからできないのではなく、環境に問題があるという見方です。例えば、エレベーター、エスカレーターのないビルの場合、歩けない方は上階に行くのは難しい。そのとき、歩けないから上れないと考えるのではなく、上れる方法はないかと考え話し合っていくのが合理的配慮です。
当事者の権利と支援の基本:利用者の可能性を認め、育む
認知症だから何も理解できない、知的障害だから何もわからないと決めつけるのではなく、潜在的な可能性を見つけていこうということです。スタッフが見つけられなかったら、その人の権利が奪われてしまうことになります。
当事者の権利と支援の基本:礼儀とあいさつも大事
4番の「礼儀と尊重という態度も不可欠です」も重要です。以前、勤務していた施設も礼儀などは、あるのかないのかわからない状況でした。そこで「普通の敬語を使いましょう」から始めました。「おはよう」ではなく、「おはようございます」。次に「○○さん、おはようございます」。そうすると、利用者の顔色や体調も気になるし、変化に気づきます。
いいケア自己評価シート
平成に入ってから、「いいケア自己評価シート」をつくりました。そのきっかけはスタッフの訴えにありました。「○○さんがすぐ怒って叩きます」「つねってきます」というので、どういうときに怒られたか聞いたら、「寝ているときに急に布団をはいだら怒るのです」と。誰だって寝ているときに急に布団はがされれば、びっくりするし、怒るだろうと思います。そのスタッフは自分の事情を優先してしまった。
食事をしているときに急に怒り出して、暴力をふるうという訴えもありました。聞いてみたら、「ゆっくり食べてください」といいながら、空いた皿から下げていった。しまいには、まだ残っている皿も「いらないでしょう」と下げようとしたら怒ったのだというのです。
そこで、何のために、その行為をするのか、何に注意しなければいけないかを確認できるよう、自己評価シートをつくりました。利用者一人ひとりに対する介護の方法を統一し、本人にこのようにしていきますと通知し了解を得たうえで、一人ひとりの状況と介護内容を確認してから勤務に入るようにしました。一方的につくったのではなくて、皆と相談しながらつくりました。
ポイントは個人として尊重することです。今のうちに一人ひとりを尊重していれば、自分が介護される立場になったときに尊重されるかもしれません(笑)。おそらく自分がしたことを、されることになります。「いうことを聞きなさい」などといっていると、「いうことを聞きなさい」といわれるようになる。人を怒鳴れば、そのうち自分も怒鳴られるようになる。大きい声で怒られたのは病気や障害のことを理解しないで、怒らせてしまったのだと反省していけばいいと思います。自分の対応が悪いにもかかわらず、人を悪者扱いしないことです。自己評価シートは、関わりの「振り返り」になります。
いいケア自己評価シート
(講演資料:『いままでもこれからも当事者主体の支援』 ~利用者権利と支援者(事業者)の義務~より)
当事者の権利と支援の基本
たとえば、認知障害のある人に対して、われわれは認知障害があっても、できるだけ困らないように生活を支えるだけではなく、ストレスや負担とならないような活動を提供していくことが基本です。例えば利用者に失語という症状があると、なかなか理解してもらえません。ただ、その場合、理解できないのではなく、理解することができるような説明ができなかったと自分に責任を置いたほうが工夫は広がります。
「これをして、あれをして、これをしてください」と3つ並べると理解できなくても、「これをお願いします」と、ひとつだけいえば理解できることがあります。少し物忘れしただけで認知症といわれたくもない。最近、忘れることが多くなっただけで十分です。ストレスや負担にならないだけではなく、一人ひとりに合わせた対応が求められます。
長期ケアを提供する施設における日常生活の基本原理
他者のケアを受けているすべての人びとがもつべき諸権利を支える基本的な原理がいくつかあります。「プライバシーと尊厳性の尊重」「自尊心の維持」「自立助長」「選択とコントロール」「個性の認識」「信念の表現」「安全」「自己責任で危険を冒すこと」「市民としての権利」「身内の人びとや友人との人間関係」「余暇活動の機会」「高水準のケア」「必要なケア」「長期ケア」「オープンなケア」として、まとめました。皆さん、多忙です。手作業でしていると対応できないこともありますから、システムやアプリで対応してはどうかということです。
プライバシーと尊厳性の尊重
入居者のプライバシーと尊厳性の尊重は、非常に重要なことです。皆さんも、例えば、ときどきは一人になりたいと思ったことはありませんか。年がら年中、がやがやしたところで楽しく過ごすのがいいのか、一人になりたいときに一人になれる場所があるのか。
入居者は個室をもち、衣服・食べ物・就寝時間・起床時間、そして1日の過ごし方を自分で選ぶ機会をもつべきである。ここから始まって個室が整備されました。雑居部屋は日本独特のもので、慣れている人はいいかもしれませんが、誰でも一人になりたいときはある。だから、基本的には、どこにいるのかを本人が選べるようになっていなければいけません。
また、身の回りのケアのためにスタッフの手を借りなければならないからといって、入居者の尊厳性が傷つけられたり、プライバシーが侵害されたりすべきではない。入居者は一人前の人として処遇されるべきで、子ども扱いされるべきではない。なぜか年を取って、要介護や認知症になると、いつのまにか子ども扱いされるようになります。現場ではよくあることなので、気をつけて見てください。スタッフは、どのような場合であっても、入居者に対して恩着せがましい態度を見せるべきではない。「やってあげているのだから、感謝しなさい」などというのは、とんでもないことです。
介護に関する運営基準:排泄
介護老人保健施設運営基準(方針,記録,介護等を抜粋)
- 運営基準
(看護及び医学的管理の下における介護)
19条 3. 介護老人保健施設は,入所者の病状及び心身の状況に応じ,適切な方法により,排せつの自立について必要な援助を行わなければならない。 - 解釈通知
3. 排せつに係る介護に当たっては,心身の状況や排せつ状況などをもとに,トイレ誘導や入所者の自立支援に配慮した排泄介助など適切な方法により実施すること。
講演資料:『いままでもこれからも当事者主体の支援』~利用者権利と支援者(事業者)の義務~より
介護に関する運営基準があります。これは老健なので、「看護及び医学的管理の下における介護」となっていますが、特養の場合、単なる「介護」です。この3番に排せつに関する基準があります。「入所者の病状及び心身の状況に応じ、適切な方法により、排せつの自立について必要な援助を行わなければならない」と書かれています。
トイレに行けないから、おむつではなく、失禁がある。何が原因で失禁があるのか、歩けないのか、場所がわからないのか。心身の状況から理解力まで全部見たうえで、歩けないのだとしたら連れて行けばいいし、わからないのだったらば教えればいい。もともと自立に向けた排せつの介助を行わなければならないとなっています。
介護に関する運営基準:食事の提供
介護老人保健施設運営基準(方針,記録,介護等を抜粋)
- 運営基準
(食事の提供)
19条 入所者の食事は, 栄養並びに入所者の身体の状況,病状及び晴好を考慮したものとするとともに,適切な時間に行われなければならない。 - 解釈通知
①食事の提供について
個々の入所者の健康状態に応じて,摂食・嚥下機能及び食形態にも配慮した栄養管理を行うよう努めるとともに,入所者の栄養状態,心身の状況並びに病状及び嗜好を定期的に把握し,それに基づき計画的な食事の提供を行うこと。また,入所者の自立の支援に配慮し,できるだけ離床して食堂で行われるよう努めなければならないこと。
講演資料:『いままでもこれからも当事者主体の支援』~利用者権利と支援者(事業者)の義務~より
食事の提供については一人ひとりの食事は栄養並びに入所者の身体の状況、病状及び嗜好を考慮したものとするとともに、適切な時間に行われなければならないとあります。ということは、一人ひとりの体の状況・病状・好みに対応しなければいけません。
解釈通知に「自立の支援に配慮し、できるだけ離床して食堂で行うように努めなければならないこと」とあるのがポイントです。あたりまえの生活支援とはここです。動けないのだから、ベッドの上で食事を取るのがあたりまえではありません。歩けなかったとしても、ベッドから離れて食事をとるという、あたりまえのことを考えていきましょう。
一人ひとり好みも違うし、食べられるものも違う。柔らかいものしか食べられない人もいますし、工夫すれば食べられる人もいます。おばあさんが食べられなくなったので、家族が工夫をして、うどんを柔らかく煮て、短く切ったら食べられるようになった。施設に入所してからも同様なことをしてもらえないかとお願いしたら、「その人にだけ特別なことはできません」と邪険に断られたという話がありました。
結論:基本は自立支援という考え方
運営基準は役所が作ったものという人もいますが、基本は人の尊重と自立支援という考え方で作られています。障害があろうがなかろうが、あたりまえの生活を送る権利があり、それを私たちは専門性と良好な関係性を持って何とかして実現するために努力していく必要がある。そのために、いろいろ工夫をすることは楽しいし、互いに話し合いながら進めていけばいい, と考えて仕事をすることです。
【本セミナーレポートに関する免責事項】
当サイトへの情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、
最新性、有用性等その他一切の事項についていかなる保証をするものではありません。
また、当サイトに掲載している情報には、第三者が提供している情報が含まれていますが、
これらは皆さまの便宜のために提供しているものであり、
当サイトに掲載した情報によって万一閲覧者が被ったいかなる損害についても、
当社および当社に情報を提供している第三者は一切の責任を負うものではありません。
また第三者が提供している情報が含まれている性質上、
掲載内容に関するお問い合わせに対応できない場合もございますので予めご了承ください。